しばしば、くしゃくしゃになる

最近、アルバイトの後や、人混みの中で疲弊して帰宅したときなどに、もうしんどくなってしまって、心も体もくしゃくしゃになってしまいます。丸まった紙みたいに感じます。そして、ああ…なんかつらい…と思って、涙が出ます。その涙で、くしゃくしゃの紙になった自分が少しずつ伸ばされていく感じがします。ごわごわです。アルバイトも今は近所で子どもの勉強をみる仕事に変えているので、そんなに負担はないはずなのですが、どうしてこんなにくたびれてしまうのだろう…と感じます。けれど、なんとか休まずに通い続けたいと思います。

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先日、以前応募した「アルパカワインを飲んで応募すると必ずもらえる」かばんが届きました。白いぺらぺらした生地の軽いかばんです。うれしかったです。

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自分の価値観で生きたい

自分の人生について思い返すといつも、ほんまに「ろくでもない」人生しか歩んでこられなかったなぁ…とか、なんで「ふつうに」生きられなかったんやろ…、って考えてしまいます。私はすごく自己評価が低くて、悪い方にばかり考えてしまう癖があるし、常に不甲斐なさを感じています(誰に対して?自分に?)。本当は、「ろくでもない」人生だったけど、どうにか頑張って、その時その時の自分の一生懸命で足掻いてきたと思っています。それに、できるなら、自分のことを「ろくでもない」なんて考えたくないよな…と思います。そして、そもそも、「ろくな(まっとうな)」人生ってどんな人生なのか、私の「ふつう」ってなんなんだろう?と考えると、私の「ろくな人生」「ふつうに生きる」とは、大学を出て、就職して、結婚して…みたいな人生の流れに乗れることなのだろうと思います。その流れに乗れなかったことは、私の自己評価を下げる大きな要因になっていると思います。私は日本社会の価値観に多大に影響を受けているというか、ほぼ洗脳されている気がします。そういうふうに、社会的な価値観でぐいぐい自分を縛りつけて、自分で自分を苦しめているんだなぁ…と感じます。生きづらいのも、周りの目が気になるのも、その所為だろうなぁ、と感じています。本当は、もうそんなものとっぱらって、自分らしく生きたい、自分にできたことは認めるようにしていきたいのです。そうしないと、このままずっと、苦しいままいてしまうと思います。自分の価値観で幸せを決められるようになりたいです。

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身体を強くすることで心を強くできる…?!

先月、クリニックでの診察の際、主治医から「友達はつくらなくてもいいから、筋肉をつくりなさい」と言われました。つらい経験をたくさんしてきて、これ以上強くなれないくらい心は強くなっているはずだから、今度は視点を変えて身体を強 …

身体も心も重たく感じます

最近自転車に乗るときもあまり気乗りしません。けれども、家にいるのもつらいので、ひとまず外に出てみることにしています。今日も些か重たい気持ちで家を出ました。北風が強く、晴れていましたが空は灰白色に煙っていて、嵐山が霞んで見えました。帰りに向かい風になるのがしんどく感じられたので、今日は北へ向かって走ることにしました。帰宅して、やっぱり行かないよりは、行ってきてよかったと思いました。それにしても、最近はなんでこんなに気持ちが沈むのかな…と思います。

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安らげる場所

「私がおばあちゃんのところに来たのは、地上で最後のやすらぎの場だと思ったからよ」 「だれにもこの地上にそんな安らぎの場なんてない。だれでも自分自身が最後の安らぎなんだ」 (リュドミラ・ペトルシェフスカヤ,沼野恭子訳「私の …